岡山地方裁判所 昭和34年(ワ)419号 判決 1971年10月25日
原告 加藤六月
右訴訟代理人弁護士 宮本誉志男
同 名和駿吉
被告 岡山市民信用金庫
右代表者代表理事 福岡新一郎
右訴訟代理人弁護士 古田進
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、二〇万円およびこれに対する昭和三三年一〇月一日から同三四年一月一日まで年四分四厘の、同年一月二日から完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め(た。)≪以下事実省略≫
理由
一 まず原告主張の一の事実につき被告のなした自白の撤回は、原告において異議があるので、この点について判断する。
≪証拠省略≫を綜合すれば、次の事実を認めることができる。
訴外出羽実は、かねてから被告の清輝橋支店より融資を受けたりしていたが、同支店が新規の預金者を開拓するために、右訴外人において、第三者を勧誘して預金をさせるようにすれば、同訴外人に対する融資上の便宜を供与する(以下、かかる預金を導入預金と言う。)ことにしていたため、同訴外人は右支店からこのような便宜を供与してもらうため、知り合いの訴外葭野利太に右支店への預金を奨め、同人はまた原告にこれを奨めたので、昭和三二年一一月頃、原告はこれに応じ、手持ちの五〇万円を右葭野に手渡してこれが消費寄託の権限を与え、同人はさらに同様の権限を訴外出羽に与えて右金員を手交したので同訴外人は被告清輝橋支店に六ヶ月の無記名定期預金として消費寄託するとともに、右葭野に対して若干の謝礼をした。その後昭和三三年九月末頃、原告は二〇万円の手持金を預金したいと考え、前同様葭野に消費寄託の権限を与えて右金員を手交したところ、同人はその頃、これを携えて、やはり前同様出羽を訪れ、該金員を出羽に手交して、原告のための消費寄託の権限を与えた。訴外出羽はこのようにして、原告の二〇万円を手にしたが、たまたま同人が所持していた小西康一名義の五〇万円の被告清輝橋支店に対する定期預金証書が同年八月二二日で満期となっていたので、右葭野から手交された原告の二〇万円は被告清輝橋支店に持参することなく、右定期預金証書の払戻金のうちから二〇万円を原告のために消費寄託(定期預金)しようと考え、昭和三三年一〇月一日に自己の事務員篠岡礼子(当時沼本姓)に対し、右定期預金証書とこれが払戻に必要な小西印、原告のためにする消費寄託に必要な原告印等を交付して、右のように取り運ぶことを命じた。篠岡は出羽から命ぜられたとおり、原告の名義で原告主張のような内容の本件消費寄託の手続をした。そして訴外出羽は、このときも前と同じように訴外葭野に若干の謝礼をした。一方、被告清輝橋支店では、訴外出羽が従前からの顧客であって、かつ篠岡を介して自分自身の名義でない小西康一の名義の預金の預入をしたり、その払戻を受けたりしておるほか、前記のように導入預金をも扱っているところから、右篠岡が出羽から命ぜられたとおりの手続をしようとしたさい、右支店では当時、原告との間に面識がなかったこととて、当該消費寄託上の権利義務が帰属すべき真実の相手方が原告名義を称する出羽自身であるのか、それとも同人が権限をまかされているべき小西康一ないし原告であるのか、この点について確たる認識をもたないまま、いずれにせよ原告名義の下に権利義務が真実に帰属すべき者のために訴外出羽との間に本件消費寄託契約を締結した。
以上のとおり認められる。そうしてみると、訴外出羽は、原告の代理人葭野から本件契約締結の権限を与えられた復代理人として、篠岡を介し、本人たる原告の名を示して消費寄託すべき旨の申込の意思表示を被告に対してするとともに二〇万円を交付したのであり、また被告は、たとえ右出羽の示した原告の名によって表象される人物が一体何人であるかを知らなくても、出羽が意図した真実の権利義務者を相手方本人として、右出羽に対して承諾の意思表示をし、同時に右二〇万円を受取ったのであるから、出羽と被告との間に意思の合致をみた本件契約の効果は、原告と被告との間に生ずるとするのが相当である。
ところで、被告が当初自白した原告主張の一の事実によれば、本件消費寄託契約は原告の復代理人出羽と被告との間に締結されたということではなくて、原告自身と被告との間に直接締結されたというのであるから、当該契約締結の主体について真実と齟齬するところありと言わなければならないが、かかる齟齬は、これによって原、被告間の権利義務に影響を及ぼすものではないから、自白撤回の要件の一つと考えられる当該自白が「真実に反している」場合に該らないとするのが相当である。
されば、被告のなした自白の撤回は許されず、被告は原告に対して、その主張の本件契約上の義務を負うと言わなければならない。
二 そこで被告主張の二の抗弁について判断する。
≪証拠省略≫を綜合すれば、前記認定にかかる本件消費寄託契約締結のさい、訴外出羽は訴外篠岡を介して、小西康一名義による被告清輝橋支店関係の従前の債権債務中決済期の到来している部分を決済するとともに、あらたに被告清輝橋支店から同人名義で二〇万円を借受けることとし、その弁済期を翌年一月五日と定め、この小西名義の被告に対する債務につき、被告主張の連帯保証をふくむ一連の内容の契約を原告のために、これに代って締結すべき権限ありとしてなしたが、この契約についても被告清輝橋支店においては、さきに認定した本件消費寄託契約締結の場合と同様、これが権利義務の帰属すべき真実の相手方につき確たる認識がないまま、原告名義の下に権利義務の真実に帰属すべき者を相手方本人として右出羽との間に合意したものであることを認めることができ、この認定に反する証拠としては前記措信できないものを除いて存しない。
しかるところ、訴外出羽が右のごとき内容の契約を締結すべき権限を原告からはもちろんその代理人たる訴外葭野利太からも与えられていたと認むべき証拠は全くない。したがって訴外出羽は訴外葭野から与えられた本件消費寄託契約締結についての復代理権限の範囲を超えて、右のごとき内容の契約を被告との間に締結したと言わなければならない。(そしてこの場合も被告の相手方本人についての認識に関する右認定事実が、被告と原告との間に右契約上の効果が及ぶことの妨げとならない点は前に触れたところと同様である。)
しかしながら以上縷述の各認定事実から窺いうる右契約締結にいたるまでの事情わけても訴外出羽と被告清輝橋支店との従前の取引関係を背景としている点等に鑑みれば、被告が訴外出羽に右契約を締結する権限を有していたと信ずべき正当の事由があると認めるに十分である。
したがって原告は右契約上の義務を負うと言わなければならない。
三 原告が被告主張の連帯保証債務を履行しなかったことは、原告において明らかに争わないところであり、そして被告は前叙認定の契約の約旨にそって、昭和三四年一一月三〇日の本件第二回口頭弁論期日に、原告に対し、本件消費寄託金を原告に返還することなく、両者の間の債権債務を互に相済みとする旨の意思表示をしたのであるから、原告の本件消費寄託金返還請求権はこれによって消滅したことが明らかであり、被告主張の抗弁は理由があるから、本訴請求は失当として棄却を免れない。
よって、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立)